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仙台0-1新潟 完敗。点差以上に感じた、お互いの「出来の差」。新潟の前線からのハイプレスに屈し、これを押し返すアイデアも出せず、為す術無くホームで無惨な敗戦。シュートで終わる意識すら持てないようでは、勝利どころか得点すら無理。「始まったばかり」は聞き飽きた。

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 試合終了を告げるホイッスルが鳴ったとき、「何故こうなる・・・」という、空虚な想いで、胸が張り裂けそうになった-。

 
J1第5節、仙台-新潟の一戦は、アウェイの新潟が、敵地・ユアスタで前半に挙げた1点を最後まで死守し、リーグ戦では今季初勝利を挙げた。仙台としては、新潟を相手に、昨年の第33節の敗戦(ユアスタで対戦、0-1で敗戦し優勝逸が確定)に続く、悔しい敗戦を喫する事となった。

 今節の失点、前半16分。0-1で敗戦。

昨年の第33節の失点、前半17分。0-1で敗戦。
 
「リベンジ」どころか、昨年と全く同じパターンで負けている。
しかも昨年は、後半の42分に、新潟の柳下監督を退席に追い込み、今年は、後半45分に本間勲が警告2枚で退場という「微妙な一矢を報いた」ところまでが似ていた。どうでも良い情報だが。。。
 
試合は、前半のキックオフから、新潟ペースで始まった。新潟は、中2日とは思えない、前線からの厳しいハイプレスを運動量豊富に繰り出し、仙台のやりたいサッカーである、4-3-3ベースのポゼッションサッカーを、見事に黙らせてきた。
 
前線のブルーノ・ロペスも、新加入のレオ・シルバも、積極的に、仙台の持つボールへ喰って掛かって来た。堪らず、ボールを下げる仙台。だがそのボールすらチェイスされ、仙台は試合を落ち着かせる事すら出来ず、攻撃の糸口の「探し直し」を迫られた。
 
また、新潟は、オフザボールの動きも、仙台に較べて秀逸だった。尽くセカンドボールを拾われ、相手の逆襲を受ける。相手のハイプレスに屈し、ボールロストやパスミスを繰り返した結果、試合の主導権は、徐々に新潟へ傾く。その新潟の「勝ちたい気持ち」が結実したのが、前半15分だった。
 
新潟は、右サイドで田中達也からブルーノ・ロペスへ展開し、ロペスはこれを右サイド深いところへ持ち込み、間を置かずに素早くニアへ、軌道の低い良質のセンタリングを共有。これにヘッドで合わせた成岡のシュートが、仙台ゴールの逆サイドネットを揺らし、新潟の先制点が決まった。
 
前半16分。仙台0-1新潟。
 
新潟としては、どうしても欲しかった、待望の先制点。逆に仙台は、昨年の第33節に続き、またしても、前半のうちに失点を喫する、苦しい展開を強いられてしまった。
 
その後の、新潟の戦い方ははっきりしていた。今度は逆に、仙台にボールを持たせて、プレスを掛けるポイントを中盤に下げ、そこからのカウンターを狙ってきた。これにより、少しはボールが持てるようになった仙台だったが、ここで"誤算"が。この日、久しぶりの先発出場だった、ボランチ・富田晋伍のパフォーマンスが悪く、いつものキレの良いボール捌きが陰を潜め、ミスを連発。そこからボールを失い、カウンターの逆襲でピンチを招くという悪循環に陥っていた。
 
本来の富田の出来からみれば、まさしく「病み上がりな人」の状態。ACLなどでの途中出場で試合勘が戻っていたかのように思えたが、まだ戻って居なかったとみえる。だが、こればかりはどうしようもない。我慢して使い続け、本来のパフォーマンスを早く取り戻して貰うしかない。
 
しかし、この日は、悪いのは富田だけではなかった。フィールドプレーヤーのほとんどが、試合の時間を経過するにつれ、思うようなサッカーが出来ず、アタッキングサードに入る前でパスミスやボールロストをしてしまい、競り合いのイーブンなボールですら、新潟に渡ってしまう不運も手伝い、何度も新潟にカウンターのチャンスを与える事に。
 
結果、前半だけで、新潟のシュート14本に対し、仙台はなんと、ゼロだった。
 
前半が終了した時点で、なんとなく、「この試合、終わった・・」と感じていた。
 
後半に入り、仙台は、佐々木勇人をハームタイムで下げ、ヘベルチを頭から投入して、事態の打開を謀る。これで、ある程度は攻撃力が回復したように見えたが、それでもシュートを撃つまでには至らず。結局、この日の仙台のファーストシュートは、後半12分のウイルソンのものとなった。
 
あまりにも遅すぎた、ファーストシュート。そこから仙台は、約30分強の間に10本ものシュートを放ったものの、どれも決定打には至らず。19分には、渡辺広大を下げて中原を投入し、前線での起点を増やした。また、40分には田村を下げて武藤を入れ、最後の反撃に出たが、時すでに遅し。
 
勝ちたい気持ちで、仙台を上回る新潟に、軍配が上がった。
 
「昨年のリベンジ」どころか、自分たちのホームで、新潟の思う壺に嵌められてしまった。
 
この一戦を見て、仙台というチームの「引き出しの少なさ」を、改めて感じさせられた。「相手が運動量を駆使してハイプレスを仕掛けてきた場合」に、仙台が苦戦させられるパターンは、何も、今に始まった話ではない。
 
昨年や一昨年、清水にヤラれたパターンそのものなのだ。また昨年は、同じようなハイプレスを鳥栖にも仕掛けられ、仙台はやはり、やりたいサッカーを封じられ、攻撃をスポイルさせられている。
 
考えてみれば、こういうサッカーを仕掛けてきたときの「引き出し」が無かったようにも思われる。
 
ハイプレスを仕掛けてくる相手に有効なのは、「苦し紛れに下げたり、苦し紛れにボールを前線に蹴り出す」事ではない。相手のハイプレスに遭う前に、ボールを後方でしっかり廻して、前線への高精度なロングフィードを送り込み、前線の選手が連動して、一気にチャンスメークする事だ。
 
だが、現在の仙台は、4-3-3 にチャレンジしているという事もあり、どうしてもポゼッションサッカーがベースになっている。それはそれで、決して悪い選択ではない。だが、挑戦中の戦術が「今回の相手には通用しそうにない」と、どこかで判断を下し、戦い方を変更する勇気も必要だったのではないか。
 
この一戦、前半45分をだけを見ると、仙台は、ポゼッションサッカーに拘り過ぎていた。もちろん、個々の選手のプレーや判断の精度が高ければ、相手の戦術に関係なく、自分たちのやりたいサッカーで勝つ事もできるだろう。だが、そんな「完成の域」に達している訳ではない、仙台のポゼッションサッカーの「未完成度」を見抜いてきたかどうかは判らないが、新潟は、自分たちのサッカーを貫いて勝負を仕掛けてきた。相撲で言うところの「がぶり四つ」覚悟だった訳だ。
 
そして仙台は、その新潟の「挑発」に、まんまと乗ってしまった。まさに、相手の土俵で勝負するとは、この事だ。
 
いったい、どちらのホームゲームなのか。それすらも疑いたくなるような試合展開だった。
 
ACLによる連戦など、言い訳にもならない。相手だった新潟は、ナビスコカップから中2日で仙台に乗り込んできている。大会の違いこそあれ、あちらも連戦なのだ。
 
だが、それ以前に、「勝ちたい気持ちの差」で、仙台は既に負けていなかったか?
 
「どういうサッカーをするか」は、あくまでも「どうゴールを目指すのか」が、最終目標のはずだ。その過程において、「今日は、このやり方では、シュートすら撃てそうにない」と判断するならば、ピッチ上の誰かが、試行的にロングフィードを模索しても良かったはず。そうすれば、打ち合わせなどしなくとも、前線の選手は、それに反応しようとするだろう。
 
同じような攻め方を繰り返しているだけでは、相手はそれに慣れてきてしまう。それに、今節の仙台は、前半の試合において、ミドルシュートで事態を打開しようとする意識すら欠如しているように見えた。
 
そんな中、一人、気を吐いていたのはウイルソンだった。彼は、自分にボールが来ないとみるや、同じポジションに留まらず、下がってボールを受けたり、左右ワイドに展開して、相手のマークを剥がし、貰ったボールを前線にドリブルで持ち込んで、攻撃の起点になろうとしていた。この試合、ウイルソンが2人居れば、まだ展開は違っていただろう。
 
それに、新潟と決定的に違うポイントで感じるものがあったのは、双方の「運動量の差」だ。
 
新潟は、明らかに、運動量を惜しまずに、前線からのハイプレスを敢行してきた。それが、日本人選手であろうが、外国人選手であろうが、関係なしに。その結果、敵地で自分たちのサッカーを貫いての勝利に繋がった。
 
対する仙台は、どうだろうか?
 
ポゼッションに拘りすぎた結果、運動量で相手を圧倒するような展開は見られず、完全に気持ちで負けていた気がする。
 
仙台のサッカーは、「目の前に敷かれたレールの上を走る」事に、拘りすぎている感が、いつも漂っている。選手個々の、事態打開のアイデアが決定的に少ない。もちろん、「それが組織サッカーだ」と言われれば、それを否定は出来ない。
 
だが時には、個人プレーや、相手を出し抜く事も必要だ。それをあまり遣りたがらない仙台の選手は、優等生過ぎる。もっと、異端児的な発想や、そういうプレーの感覚を持った選手が居てもいいはずだ。
 
サッカーの基本は、組織プレーであり、全員が連動して初めて、得点に繋がるスポーツだ。だが、それが適わないとき、誰かが勇気を以て、「ちょっと掻き回してみようか」ぐらいの気持ちで、相手の虚を突くようなプレーをしてみて欲しい。
 
他のJ1チームの試合を拝見すると、実に、そういうプレーが随所に垣間見られる。ミドルを撃ちそうにないポジションから撃ってきて、そのこぼれ球に反応して得点。セットプレーでは、キッカーが素直にボールを蹴らず、近くの選手に預けてワンクッションを置き、相手の守備意識のズレを誘う。
 
そういうプレーが、普段から「顔を出す」事によって、味方選手にも「アイツなら、もしかしてこういうプレーをするかも」という創造力が産まれ、それに反応できるようになる。そういう、「見ていて面白いプレー」が、仙台には、皆無なのだ。
 
仙台のサッカーは、そういう個人技に頼らず、組織重点で、ここまで成長を遂げてきた。そのやり方は、決して間違っていないと思う。
 
だが、そろそろ、「優等生的な組織サッカーだけ」では、限界なのではないだろうか。
 
折しも、近年のホームゲームの入場者数が、減少傾向にある。これは、なかなか勝てない今季に限らず、一昨年の4位、昨年の2位という好成績を挙げているにも関わらず、近年、続いている傾向だ。
 
「勝てば入場者数が増える」というフレーズは、もはや、過去のものだろう。
 
思えば、仙台は、あまりにも組織的なプレーを趣向するあまり、そういう組織的なプレーに適する、従順な選手しか獲得していないし、そういう選手しか残っていない。
 
つまり、「面白い選手」が居ないのだ。タレントと呼べる選手が、決定的に少ないのだ。
 
もしかしたら、そういう「面白い選手」の台頭が最近なかなか見られない事が、入場者数の増加を阻んでいる要因なのかもしれない。
 
言い替えると、「アクセント」となる選手の存在が欲しいのである。最後は組織で打開して得点をするにしても、何か、攻撃や反撃の「きっかけ」となるようなプレーが出来る、そういう、個性のある選手。
 
そういう選手の一つのプレーが、例え、相手チームが「硬質ガラスのような強さ」であっても、1点に小さなヒビを入れ、そこから、一気にそのガラス1枚を、崩壊に導く事だってあるだろう。
 
この先、仙台が本当の強さを身に付けるためには、そういう「面白い選手」「アクセントになる選手」の台頭が必要なのではないだろうか。
 
そういう選手の存在が、負けゲームを引き分けに持ち込めたり、引き分けゲームを勝ちに変えたりできるのではないか。そして、そういう選手が、観客の目に止まり、「お目当ての選手」として、牽いては観客増にも繋がるのではないだろうか。
 
仙台よ、優等生過ぎる無かれ-。
時には、「チョイ悪」で在れ-。



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