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敢えてこの話に、先に触れておこう-。
試合が行われていた最中の、午後1時30分。元仙台市長・藤井黎氏が、肺炎のため逝去された。享年、81歳。3期12年に渡って市政に携わり、その間、ブランメル時代からクラブの支援にもご尽力頂いた。また、熱烈なベガルタサポーターとしても有名で、市長を退任されたあとも、ベガルタ仙台の市民後援会名誉会長として、また1サポーターとしても、スタジアムに足をお運び頂き、機会があれば、私たちの前にそのお元気な姿を見せて頂けていた。
2003年のJ2降格時も、あの大分戦に急遽現地訪問され、降格を共に悔しがった。あれから6年。7季ぶりのJ1再昇格を見届け、そしてこの日。鹿島戦のフェルナンジーニョの2発を、果たして利府の空から見届けて頂けただろうか-。
「とても、安易に勝利を期待できるような相手ではない」
客観的に観れば、誰しもがそう感じる相手であった。だが、いざ試合が始まってみると、リーグ開幕戦以来の秒殺弾が飛び出し、しかも前半15分には、鹿島マルキーニョスが一発退場で数的有利に。それでも気を抜くことなく、丁寧に、そして大胆に鹿島を攻め立て、時には辛抱強く守備をし、そして後半16分。ほぼ試合を決定付ける、引導にも近い2点目を、鹿島に突きつける事に成功した。
試合前のプレビューにて、筆者は「相手の決定力を学ぶ、絶好の機会」と申し上げた。そして、それは確かに見て取る事ができた。マルキーニョスを失った鹿島の前線ではあったが、興梠に許したゴールに代表されるように、鹿島の攻撃陣の放つパスワークとシュートは、尽く仙台のゴールを脅かした。GK林も、いつも以上に、忙しく動いていたのを覚えている。間違いなく、鹿島はJリーグ、いやアジアでもトップクラスの実力を持つチームだ。他のJ1とは、ひと味もふた味も違った、サッカーの魅力を見せ付けてくれた。1サッカーファンとして、その点には、大変満足している。
ただ、この日は、ACLの蓄積疲労や、試合開始早々に数的不利になった事も災いし、仙台が落ち着いて対峙する余裕が、予想以上に産まれていた。マルキーニョスが一発退場となったあと、しばらくはお互いが出方の様子をみるような雰囲気を感じたが、次第に仙台は、この「1点リード、かつ、数的有利」という状況に慣れていく。
特に良かったと感じるのは、明らかに玉際の強さで鹿島の上を行った、関口選手。そして富田選手。この日はチーム全体に闘志を感じるも、特にこの2選手からは、「絶対に中盤の競り合いでは負けない」という気迫を感じ取った。
表現を変えて言うならば、この中盤の競り合いは「巧さと活きの良さのぶつかり合い」とでも言えるだろうか。もちろん、巧さの方は鹿島側で、活きの良さの方が仙台側である。
実に見応えのある、中盤の応酬だった。今季が終了した時点においても、もしかしたら、ベストゲームとして語られる一戦になるかもしれない。
ただ、中盤での意地と意地のぶつかり合いにより、試合としてはかなり面白いものとなったが、得点が動いたのは、実はその中盤の競り合いからでは無かった。
落ち着いて、得点そして失点シーンを振り返ってみたい。
前半1分。仙台のキックオフで始まり、落ち着いて右サイドバックの菅井へ下げ、そこから一気に大きく、前線中央の中原へ。彼のヘッドでの前へのすらしを梁が受け、これを一気にミドルシュート。惜しくもバーに阻まれたが、そのこぼれ球の処理を、鹿島DFイ・ジョンスがミスし(というよりも、フェルナンジーニョが始めから狙っていた)、これをフェルナンジーニョが詰めて一気に再シュート。今度は左ポストに当たるも、そのまま鹿島ゴールに吸い込まれた。
電光石火の19秒弾。この速さは、リーグ開幕の磐田戦の26秒よりも速いものとなった。
後半16分。今度は、GK林のゴールキックから。このボールを中央の中原がヘッドでまたもや前線の梁へ繋ぎ、一気にカウンター攻撃を仕掛ける。そこに連動したのが、FW起用のフェルナンジーニョだった。梁のドリブルを、オフサイドにならない位置で待ち受け、そして梁からの優しいパスを、そのまま落ち着いて鹿島ゴール左隅へ流し込んだ。
1点目も、2点目も、決して楽なシュートコースではなかった。GKに当てず、かつ枠内ギリギリを狙い、確実に得点を決める。フェルナンジーニョのこの決定力には、流石にうなずいた。伊達に、J1で7年もプレーしてきていない。仙台に足りなかった、最後の決定力。それを、この試合では相手となる鹿島から学びたいと思っていたが、その決定力を持つ選手を、既に獲得していたのだった。
言いたくはないが、もしこのFWの位置が、中島選手であったならば。
おそらく、枠を外すか、GKにぶつけていたかのどちらかで、得点には至っていなかっただろう。
失点シーンにも、目を背けず、確認しておきたい。
後半31分。中盤の競り合いの中、鹿島陣内から、小笠原が一気に前線へボールを入れる。それに反応したのは、興梠だけ。彼を2人で挟み込み、ボールを奪うはずであったが、これをものともせず、見事な一瞬のボールさばきで、林の頭上を越えるループを撃たせてしまう。これが決まり、2-1となった。
お気付きだろうか?
実は、2得点も1失点も、どちらも「後方からの大きな展開で、一気にカウンター攻撃を仕掛けた結果」のものなのである。トリブルなどで中央やサイドを突破し、クロスを挙げてシュートを撃ったような、いわゆる「相手を崩して」のものではない。相手の隙を伺い、そこを一気に攻め立てる、カウンター攻撃による得点と失点だったのだ。
これは丁度、ボクシングの試合展開にも例えられるかもしれない。
お互いが中盤で、ジャブ(=競り合い)の応酬をし、相手の隙を伺うも、なかなかお互いが隙を見せない。ところが、得点欲しさに、ほんの少し前掛かりになったところの「裏」を突き、一気にカウンターパンチを喰らわして得点に繋いでしまった。
試合開始直後の19秒弾こそ、相手が前掛かりになっていた訳ではないが、相手が「まさか」と思うようなタイミングで攻撃を仕掛けるという点では、カウンター攻撃に通じるものを感じている。
そして、この試合の2得点・1失点を演じた役者を確認しておきたい。
まず、得点シーン。1点目は、菅井→中原→梁→フェルナンジーニョの流れ。この間、19秒。2点目は、林→中原→梁→フェルナンジーニョ。この間。8秒。
そして失点シーンは、小笠原→興梠の流れ。この間、7秒。
2得点のシーンでは、中原の頭を起点として、梁が決定機を作り、そして廻りがフィニッシュするという「構図」が完全に出来上がっていた。この構図は、実は、ちゃんと事前に決められていた「約束事」だったとの事。まさか、それが絵に描いたように、綺麗に2得点として結果に出るとは夢にも思ってなかったらしい。が、間違いなくチーム戦術として、各選手が連携した結果の2得点である。この2点は、もしかしたら、両方とも梁が決めていた可能性もある。1点目などは、梁の豪快なミドルから産まれたものであったし、2点目は、梁が自らシュートを選択したかもしれない。ただ、結果的に、フェルナンジーニョとの連携による得点となったものであり、梁には最低でも「アシスト1」が記録されるだろう。今節の2得点のうち、1点は梁の記録にしたいくらいである。
また、失点シーンでは、ゲームメーカーである小笠原からのロングフィードを、興梠がそのまま得点機にしてしまったところも、また見事な連携である。考えてみれば、小笠原も興梠も日本代表候補。素晴らしいプレーが出来て、当たり前な選手たちなのだ。
満を持して対峙した、昨年のJ1チャンピオンと、昨年のJ2チャンピオンの一戦は、鹿島のACLによる疲労と、数的有利というハンデを貰いながらも、相手の総合力の高さの前では、決して楽な試合展開とはならなかった。むしろ、1点先制と1人多いというこの状況を以て、ようやく戦力が均衡する展開となり、非常に見応えのある試合を拝見する事ができた。次は、是非とも、相手に疲労も数的不利もない、完全にガチな状態で対戦してみたい。
今節に限って言えば、冒頭にも書いた藤井氏の「お力添え」があったのかもしれない。人は、その生命の終わりが近いと感じた時、ゆかりのある人のところや場所へ、魂だけが飛んで行って、最後の別れをしてくると言う。
誰よりも、この一戦を待ち望んでいたのは、他ならぬ藤井氏だったのかもしれない。そしてその試合を、利府の空から見下ろし、このチームがJ1の舞台で、チャンピオンを相手に、一歩も引かずに見事な勝利を挙げた事を見届けてから、旅立って逝かれたのだと信じたい。試合の最中に逝去された事が、決して偶然ではないと感じるのは、筆者だけではないはずだ。
2010年4月4日。
この日は、仙台というクラブの歴史の1ページとして、これを応援する者みなの心の中に、深く刻まれる事だろう。
藤井氏のご冥福を、深く心よりお祈り申し上げたい。
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