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鹿島1-0仙台 連戦に加えて負傷者続出の中、我慢を重ね、最少失点で乗り切った仙台。だが、負けた事以上に、フェルナンジーニョ・赤嶺抜きの戦い方の稚拙さや、安易にボールを奪われる集中力の無さなど、「J1定着力」はまだまだ不足と感じた。選手は必死に戦った事は認めつつも、どうしても内容に不満の残る一戦。

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この試合を映像で観戦しながら、少しずつ苛立ちが大きくなって行くのを覚えた-。

それが、筆者のこの試合に向けた、正直な感想である。前線に、フェルナンジーニョも赤嶺も居ないため、攻撃面において、より厳しい状況である事は、充分に覚悟の上て観戦していたつもりだった。そしてその懸念は、中原の二度の決定機を外したシーンや、朴成鎬が結局一度もシュートを撃てずに終わるなど、ほぼ予想した通りの結果に。

だが、そんな事は、始めから判っていた事であり、それが理由で苛立ちを覚えた訳ではない。

その理由とは、あまりにも中盤での集中力の無さ過ぎによる、安易なボールロストのシーンの多さである。特に酷かったのは前半。中2日の連戦・2週間で5試合の過酷な日程の最後のカードでもあり、疲労もピークに達していた事は、充分に理解していた。だが、それを差し引いたとしても、あまりにも中盤でのミスをし過ぎたり、相手が背後から迫ってくる事に全くアラートする事なく、まるで「ひったくり」にでも遭ったかの如く、あっさりとボールを奪われる展開を繰り返した。

確かに、相手はJ1で四連覇を狙う強豪だ。だが、そうであるからこそ、試合を相手のペースに持ち込ませない、より高い集中力が求められていたはずだ。それなのに、決して連戦の疲労が現れたとは思えない前半の序盤から、いとも簡単にボールを奪われ続ける展開に。

このため、ボールをなかなか前線に運ぶ事が出来ず、結局前半は、鹿島GK曽ヶ端と中原が1対1になったシーンでのシュート1本のみ。鹿島が前半で12本ものシュートを撃ち、立て続けに3本ものコーナーキックを奪い、そして前半40分に、セットプレーから先制点を奪った事とは対象的に、仙台からは、得点の臭いがほとんどしてこなかった。

逆に、鹿島は、前半に12本ものシュートを撃ちながらも、仙台から奪った得点は、僅か1本のみ。90分を通して撃ったシュートが26本である事を思えば、たった1点しか仙台から奪えなかった事は、不調を体で現しているようなものであろう。

だが、せっかく不調に喘いでいるその鹿島を相手に、仙台は、勝ち点1すらも奪えなかった。

現状は、明らかに「悪い時の仙台」そのものである。フェルナンジーニョと赤嶺が前線に居る時は、彼らに攻撃を引っ張られ、より全体が活性化する事は判っている。だが、もともと仙台が目指しているものは、「誰が出ても同じサッカーが出来る」という共通認識。前線のタメや突破力が無いというだけで、こんなにもチーム全体がスポイルしてしまうものかと、改めて「攻撃の軸の大切さ」を思い知らされた。

だが、この試合では、梁や関口を欠いていた訳ではない。前線でのタメや突破力が無かったとしても、試合の中盤を制御するべき駒は健在だったはず。にも関わらず、どういう訳か、全体が試合への集中力を欠き、鹿島の選手が背後からボールを狙って来ている事に気が付かなかったり、それに対する周囲からのフォローが無かったり。また、せっかくボールを拾って前線に運ぼうとしても、スペースを見付けて走り込もうとする選手はほぼ皆無で、効果的にサイドを崩したり、思い切ったサイドチェンジなど、「ゴールを奪おう」とする意識が、どうしても全体のプレーから感じ取る事が出来なかった。

もっと平たく言えば、「勝つ気あるの?」とも受け取れるような、実に消極的に見えるプレー。もちろん、選手自身は、そんなつもりは毛頭なかったはずで、それは充分に理解はしているつもりである。だが、連戦の疲労や、試合中の周囲への集中力という意味では、鹿島だって同じ状況下であったはず。仮に、現時点では、鹿島との絶対的な実力差の溝がある事を認めたとしても、現状の仙台の「その実力の程」は、とてもJ1で通用するとは思えない、あからさまなパフォーマンスの低さであった。

この試合の直前に、仙台放送のスポるたん!(OX土曜18:30~)で、ベガルタ仙台アンバサダー・岩本輝雄氏が「仙台がこの試合に勝つためには、ハードワークする事だ」とのコメントを残している。

これには、筆者も同意見だった。明らかに、相手とは実力差が掛け離れている。しかもこちらは、前線にフェルナンジーニョも赤嶺も居ない。であれば、その分の差を、この試合に出ている選手がハードワークする事でしか穴埋め出来ないはずだ。(朴成鎬と中原には申し訳ないが、フェルナンジーニョと赤嶺の代役が務まるとは思っていなかった)例え2週間で5試合の連戦であっても、90分はともかく、この試合の前半くらいなら、それは充分に可能だったはずだ。

しかし、蓋を開けてみれば、相手に中盤で尽く攻撃をスポイルされ、仙台が試合を組み立てる事は許されなかった。味方があっさりとボールを奪われるため、そのボールが前線に出てくる事を信じて、ハードワークで前線に駆け上がる選手は皆無。つまり、「味方を信じて前線へハードワークする事に抵抗感を感じていた」のではないかという悪循環に陥っていた、と思われるのである。

これでは、ハードワークのし甲斐も無い。やる気が出て来ないのも当たり前である。

こういう展開のときは、本来であれば、ボランチがしっかりと中盤で試合を組み立てなければならないのであるが、そのボランチの一角である富田が、あまりにもボールを失い過ぎていた。このため、相方の斉藤もボランチの位置でバランスを取る事がまま成らず、効果的な攻撃参加がどうしても出来なかった。

前半の45分が終わった時点で、鹿島に1点リードを許す展開。ここまでの試合の流れや、後半で投入されるべき選手の攻撃力を考えると、「勝ち点を持ち帰れる可能性」はゼロに近い、と認識していた。

それでも後半は、結果的に8本ものシュートを撃ち、終盤は波状攻撃を仕掛けるなど、1点を追い着ける可能性は充分にあったものの、著しく決定力に欠ける仙台にとって、前半に喫した1点はあまりにも重すぎた。

もし、反撃に出るチャンスがあったとすれば、後半25分に鹿島選手がエリア内で犯したハンドが認められ、PKで追い付く事ができた展開か。残念ながら、このハンドは認めて貰えず、運も味方してはくれなかった。

最後は、後半のロスタイムに5分の掲示が出たものの、結果を出す事なく、そのまま試合は終了。

相手側の状況を振り替えってみれば、鹿島は、公式戦5戦未勝利から脱した事に。結果論ではあるが、仙台はまた「不調の相手に塩を送る」悪癖を再発させてしまった事になった。

筆者個人的には、この試合に向け、決して勝ち点3は求めてはいなかった。スコアレスドロー、勝ち点1で充分。強かに「1」を。相手との実力差を考えてみれば、今節はそれで充分、と考えていたサポーター諸氏は多かったはずだ。

ところが、不調の鹿島を相手にしても、仙台は、勝ち点1すら奪う事が出来なかった。自らの不調を、相手の不調を以てしてもあがなう事が出来ない仙台。逆に鹿島は、それが出来る。

それが、鹿島と仙台の「J1経験の差」でもある。

自らが不調であっても、相手も不調なら、引き分けで勝ち点1を分け合って終わるのが妥当だと思っている。だが、今の仙台には、J1の舞台では、それすら適えられない。その程度の力量のチームなのだ。

やはり現状では、フェルナンジーニョと赤嶺を加えたベストメンバーで構成し、かつ、疲弊し切っていないベストなパフォーマンスの状態で望まなければ、勝ち点は期待できないのだろう。

その意味においては、この試合は、勝ち点1すら「高望み」だったのか-。

ただ、いつまでもこれで良いはずはない。例え、フェルナンジーニョと赤嶺が居なくても、残った選手で、なんとかしなければならないはずだ。

ぶっちゃけ、勝ち点3を奪いに行く事を諦め、0-0狙いで、勝ち点1をもぎ取りに行くくらいの「強かさ」は出せなかったのか?それとも愚直に「勝ち点3を狙って」などと欲を出し、玉砕覚悟で臨み、本当に玉砕した格好となったのか?

高校野球じゃないんだから。こちらの状況が厳しいのに、何も、正々堂々と戦う必要なんてないはずだ。どこまでもずる賢く、狡猾に、勝ち点1を奪い去るプランは出せなかったのか?それが出来ないようでは、J1チームの指揮官としては失格である。

この試合の結果を、安易に「フェルナンジーニョも赤嶺も居なかったから仕方ない」と片付けてしまう事はできる。だが、仮に、もしこの試合にフェルナンジーニョと赤嶺が居たとして、2週間で5連戦の最後のこの試合では、彼らへどれだけ効果的なパスを出せただろうか?

筆者は、この点に、大いに疑問を呈したい。

今の仙台は、フェルナンジーニョと赤嶺という「強固な屋台骨」に、「簡単に崩れ落ちそうな家屋」がまとわりついている状況だ。屋台骨が支えているうちは、まだなんとか形を成すものの、その屋台骨が抜けた途端に、雨風・台風・地震などの外的要因に脆くなってしまう。

そして、いつまでも、彼らに頼って良いはずはない。もしかしたら、彼らは来年は居ないかもしれないのだ。フェルナンジーニョは、代理人から高額な契約金をふっかけられるだろうし、赤嶺は、現時点ではFC東京に帰る気満々でいる。仮に、彼らの力のお陰で、今季の残留を果たせたとしても、彼らが抜けた途端に、「脆い家屋の不良物件」となってしまう危惧を拭い切れないのである。

そうなってしまう前に、なんとしてでも、J1に定着できるだけの中盤の安定性を確保しなければならない。

この試合をみて、今から来年の事が心配で仕方なくなって来てしまった。そして、それに加えて、今季の残留の可能性がどの程度あるのか、非常に不安に陥っている。

フェルナンジーニョや赤嶺は、とりあえず、次節の山形戦からは復帰する事になるだろう。それなりに、試合は組み立てられるものと思っている。

だが、安心はしていない。山形は、確実に「フェルナンジーニョと赤嶺に仕事をさせない」ための戦術を採ってくるはずだ。彼らの得意とする、中盤でのハードワークにより、仙台は、「せっかく復帰したフェルナンジーニョと赤嶺にパスを通せない」というジレンマに陥る可能性がある。

シビレを切らしたフェルナンジーニョや赤嶺は、ボールが欲しくて中盤まで降りてくる。当然、その瞬間に前線の攻撃力は停滞し、チャンスの数は減る事になるだろう。

お判りだろうか?結局、フェルナンジーニョや赤嶺を活かすためには、如何に中盤でボールを失わない事が大事か、という事なのである。

彼らに「ゴールという仕事をさせる」ためには、彼らにできるだけ「中盤で仕事をさせない」事が肝要だ。だが現状は、彼らも中盤に降りてきて仕事をする事になるだろう。

彼らの、ゴールを狙う攻撃の機会を少しでも増やすため、中盤は、より一層のハードワークが求められる。かなり厳しい要求かもしれないが、山形なみのハードワークが出来なければ、例えホームと言えど、連敗は必至だ。

残り、12試合。1試合1試合を大事に戦わなければ、どんどんと後が無くなっていく。

今節、大宮は清水に完勝した。磐田は湘南に競り勝った。京都が、神戸を叩き伏せてくれた。(但しこの試合は、神戸側に2名の退場者が出た影響によるものだが)

J1残留争いのライバルは、次から次へと結果を出し始めている。

仙台は、まず、選手全員が気持ちを入れ替えないと、この熾烈な争いについて行けなくなるだろう。

もう、残留へ向けたカウントダウンは始まっている。決して時期的に早くはないのだ。「あと12試合」を、貴方はどうみるのか?「まだ12試合ある」「もう12試合しかない」天皇杯もナビスコ杯も無くなった以上、私たちには、この12試合しか残されていないのだ。

せっかくのリーグ戦2連勝だったが、2週間で5試合のこの連戦で、仙台はまた、14試合未勝利のあの頃の低調さに戻ってしまったのか?

そうとは信じたくはない。が、そんな心配をしたくもなるような内容の酷さに、山形戦へ向けた不安を、どうしても感じてしまう。フェルナンジーニョと赤嶺が戻って来る事によって、それなりに復調はするだろうが、彼らもまたいつ怪我するとも限らない。

「誰が出ても同じような試合が出来るように」とは、現在の仙台にとっては、あまりにも高すぎる理想論だ。

次節・山形戦。あまり、過度な期待はしない方が、心臓には良さそうかと感じている-。




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